白んだ空、胸は明かず

Twitter:@siramune

本物の自分は何処に

某氏のブログを読み、「あぁ…そういえば…」と思い出したことがあったので、この記事を書くことに決めました。

嘘に嘘を重ね、本物の自分が何処にいるのか分からなくなっていた高校生のときにこのテーマについて考えたことがあります。

そのため、記事の内容のほとんどが当時の考えをそのまま書いたものとなります。

 

 

田舎で育ったため、中学校までは同級生がみんな小学校からずっと一緒!みたいな環境で過ごしていました。

そのため中学校までは、私の根っこから知っているような人ばかりですので、周囲の私に対するイメージも豊富で柔軟に変化するようなものでした。要するに、ほとんど嘘偽りなく過ごすことができていました。

 

しかし、顔見知りのいない高校に入ると、状況は一変しました。

入学当初不安で、周りの人間に見捨てられたりしないよう真面目に努めていた私は周りから「優等生」というイメージを抱かれました。

「〇〇君は真面目だから〜」とか「〇〇君はそんな馬鹿みたいなのは嫌いだよね?」とかそんなことを言われたこともあったと記憶しています。

そんな周りの印象を歪め、嫌われてしまうことを恐れた私はその「優等生」のイメージに沿った生き方をし始めました。

だから、3年間の高校生活の中で、(少なくとも人目につくような場所では)、素直な自分というものを見せたことはないと思います。

(自業自得でもあるのですがね…)

 

そして家庭内でも、そんなに素直な自分では居られないのが私の環境でした。

説明は省きますが、

やっぱり親の私に持つイメージを崩壊させないように努めていました。

 

他にも自分の持つ「仮面」はいくつかありました。

「優等生としての仮面」と「家庭内での仮面」の他に、「いつも遊ぶメンバーの中での仮面」と「ネット上での仮面」があったと思います。

この中で素直な私に一番近いのは「いつも遊ぶメンバーの中での仮面」でしょうか。

これは中学生以来の仲の良い男子4人ほどのグループですが、ここで息をしているときは苦しくありません。

(20歳を超えた現在も続いている集まりで、とても気楽です)

 

そしてブログのテーマに戻るのですが、高校生の時に、その仲良しグループのある人物に、以上の理由から「本物の自分が何処にいるのか分からない」と打ち明けたことがありました。

そうすると、彼は逡巡することなく、次のように言い放ちました。

 

「全部自分だろ?」

 

たとえ、何らかのコミュニティに応じた複数のペルソナを持っていたとしても、その仮面を被っている自分は自分であって、唯ひとりである。本物の自分なんてそんなに固定されたものじゃないでしょ?

そんなことを言いたかったのではないのかなと思います。

 

たぶん、この事に悩んでいた当時の私は複数のペルソナを被ることを恥ずかしく思い、どれか一つの確かなキャラクター(ペルソナとも言える)に自分を固定したかったのだと思います。

しかし彼にその言葉を言われてからは、複数のペルソナを被っていたとしても、それらを被っている私は唯ひとりで、複数のペルソナを持つことも含めて「"本物の"自分」なんだと意識を改めるようになりました。

(自分のキャラクターを外にではなく、内に求め始めたとも言える気がします)

 

まるで言葉遊びのようですが、

「本物」という言葉に対する意識を変えただけで、悩みは吹き飛びました。

 

ペルソナまでひっくるめて、全てが私を構成している。

だから、所属するコミュニティが変わって、ペルソナが変われば本物の自分も流動的に変わっていく。

そんな風に捉えるようになりました。

 

 

でも今では、何処かに確かな「"本物の"自分」が存在すると思っています。

流動的ではない、自分の根幹を成す「本当の"本当の"自分」が。

それが何処にあって、どんなものなのかは20歳を過ぎた今でも分かりませんが、それをいつか見つけられたらなと考えています。