白んだ空、胸は明かず

Twitter:@siramune

ノベルスゲーム「ISLAND」感想(ネタバレ無し)

お久しぶりです。

今回は「ISLAND」というノベルスゲームの感想を書こうと思います。

最初に言っておくが、「WHITE ALBUM2」や「シュタインズゲート」を初プレイしたときと同じような驚愕の体験をした。

未プレイ者向けの記事のため、ネタバレはありません。

 

まずはゲームについて少しだけ書きます。

「ISLAND」はFrontwingより発売されました(PC版:全年齢対象)

シナリオはごぉ氏、キャラクターは空中幼彩さんが手掛けています。

主人公は「三千界 刹那(さんぜんかい せつな)」

ヒロインは「御原 凛音(おはら りんね)」、「枢都 夏蓮(くるつ かれん)」、「伽藍堂 紗羅(がらんどう さら)」の3人。

ジャンルは「せつなとりんねのえいえんのおとぎばなし」

ストーリーは「浦島」という島(アイランド)を舞台としたSFもの(おとぎばなし)。

自然の美しい島は複雑な確執・問題を抱えている。

夏の或る日、「未来から使命を背負ってやって来た」と言う青年(刹那)が浦島にやってくる。

青年は未来を変えなくてはならないという信念のもとに、不穏な影が漂う中で奮闘する。

ストーリーは大まかに言えばこうなる。

 

肝は「主人公が記憶喪失である」という点。

ノベルスゲームのため、プレイヤーは主人公の心理までをも覗くことができる。

それゆえに翻弄される。

プレイヤーには是非とも苦悩・考察しながらプレイして欲しい。

 

そんな主人公の性格について・・・。

第一印象ははっきり言って悪かった。

「こいつは頭がおかしいんじゃないのか」と思うことがよくあった。

でも、心理描写がしっかりとなされていて、主人公の熟考が読み取れるため、序盤が終了するあたりからは大好きになっていた。

比べるのは良くないけど、「シュタインズゲート」の岡部倫太郎に近いものを感じる。

表面上はふざけているもの、中身はとても真面目。

そんな魅力あふれる青年が主人公だ。

 

この作品を私が高評価する最大のポイントは「この作品だけですべての伏線が回収され、ほとんど疑問が残らない」という点である。

「ISLAND」には数多くの伏線が張り巡らされている。ときには不吉でおどろおどろしいような伏線までもが存在する。

それらの伏線すべてが完全に回収され、かつ矛盾が発生せず、見事に完結しているという点が本当に良かった。

そのため、誰に対しても勧めやすい。

また、取り扱っている要素すべてが私好みだったのも大きい。

哲学的思考、隔絶された社会(島)などなど。

 

攻略について・・・。

本作にはEDリストとフローチャートが存在するため、容易に攻略できる。

物語が壮大なため、このシステムはありがたかった。

(無かったら攻略サイトを逐一確認しなければならないから・・・汗)

 

感想と言いつつ、販促みたいになってしまったのは申し訳ない。

何せこの物語は、複雑な伏線とミスリードを孕んでいる。

少しの情報でネタバレになってしまう。

そのため、ジャンルですら「おとぎばなし」と形容するほかない。

せつなとりんねのおとぎばなし

クリアすれば99%納得できる。

 

 

今まで多くの作品に触れてきた人全員に、オススメする。

より多くの作品に触れてきた人ほど驚愕するはずだ。

既読の作品が少ない私でもそうだったのだから・・・。

 

 

今までの固定観念に囚われ、小さなアイランドに生きていたのは私だった。

広い世界は想像を超える。

人は物語を常に追い求めている

私は小説や映画、ゲームでも、しっかりした”ストーリー”が見いだせる作品が好きです。

どんなに文章力や演技力、システムが良くても物語が面白くないと興味をそそられません。

だから私は新たな面白い物語を見つけようと年中色んな作品をサーチしています。

(と言っても、限られた時間の中で実際に触れられる作品はわずかですが…)

 

そこで、私の周囲の人たちに視野を広げてみると、その人たちの趣味が何にせよ、そこにはやはり”物語”の存在を感じ取れます。

音楽には、その曲ひとつひとつに固有のストーリーがある。

その曲の世界観や、作成に至るまでの人の軌跡がある。

絵画にも同じことが言える。

骨董品や古典にも似たようなことが言える。

そう考えると、人はみんな物語を常に追い求めているのだと思えてきます。

 

物語は言わば、人の生きた痕跡を綴ったようなもの。

(その人が実在するかどうかはともかくとして)

 

人生は人の生きた道、痕跡。

だから、自分の人生に面白くて素晴らしい物語を見いだせたら、

きっとそれは極上の幸福なんだろうな。

明晰夢を久しぶりに見た

この前、久しぶりに明晰夢を見ました。

何年も前からネットで話題になっていますし、先日はツイッターでも「明晰夢を見ることができる薬」に関するツイートが拡散されていたので、知らない方の方が少ないかと思いますが、念のため明晰夢とはなんぞやということをはじめに書きます。

 

Wikipediaによると、

「睡眠中に見る夢うち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。」

と言われています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8E%E6%99%B0%E5%A4%A2

 

この通りで、夢の中で「これは夢だ」と思えるとき、人は明晰夢を見ていると言います。

 

話は私の明晰夢に戻ります。

私が思うに、私の明晰夢は2種類あります。

1つは、夢の中で夢を見ていると自覚するもののそれ以上はなにもできない夢。

もう1つ、自覚し、現実と同じような感覚で頭や体を使える夢。

この2つです。

私は前者の夢は、これまで数えきれないほど体験しています。

だから、今更そんなことでは驚かなくなってしまいました。

しかし、今回見た明晰夢はあまりにも後者の明晰夢でした。

 

このタイプの明晰夢はなかなか見ることができません。

今回が2,3年ぶりでした。

 

そしてなにより、このタイプの明晰夢は本当に楽しい。

身体が自由に操れるのはもちろん、普通の夢よりも色や触感が現実とほぼ同じように体感できます。

今回見た夢は、巨大で豪華な宇宙船のなかを散策する夢でした。

現実ならありえない世界を自由に楽しむことができる。

これほどワクワクすることは滅多にありません。

終いには、「現実に帰りたくないな」なんて考えていました。

(もしも本当に帰れなかったら笑えませんが・・・汗)

 

それではまた。

 

P.S.

ブログの更新が滞っていましたが、特に理由はありません。

強いて言えば、「書く意欲がなかった」が理由です。

何らかのアクシデントにより更新できなかったわけではないので・・・。

バーチャルな差別撤廃

巷では某感動系超長尺番組の話題で盛り上がっていますが、

その番組を全く見ていない人間が私です。

まあ、見たくない理由は色々あるので省略します。

 

その番組のコンセプトはおそらく今年も、身体的弱者への理解の発信と差別撤廃だと思われます。

 

でも、私はこの世界から差別をゼロにすることは不可能だと考えています。

そういう人がいることを理解することはできる。

でも差別自体をなくすことはできないと思う。

 

「差別する」を「本来同等の他者を下位な存在と見做す」と言い換えるとします。

表面上のなぞっただけの理解をすれば「虐げたり」、「嘲笑する」ような「差別」は無くすことができると思います。

もちろん、助け合う精神は大切なことです。

 

しかし、某番組のように、「障がい者や病人を表舞台に出させて感動を生み出す装置にする」という「差別」は単純な理解だけではなくなりません。

「憐れむ」や「可哀そう」という感情の奥底には、「対象を下位の存在と見做す」という「差別」が含まれています。

 

かつての私がそうでした。

あの番組を見て、感動してしまう自分がいる。

(そういう構成にしているせいもあるが、)やはり差別してしまう。

だからテレビで受動的に見るような理解だけでは差別はなくせない。

 

本当に必要な理解は、障がい者も難病を抱えている人も健常者と何ら変わりないという理解なんだと思っています。

だから、障がい者や難病人が健常者と同じようなことをしていても、奇異の眼で見て、感動する必要はないのではないか。

そう考えています。

 

しかし、たぶんこれは現実的なものではない。

人間の脳はそんなにうまくできていないから。

障がい者や病人の視覚に与えるショックは健常者の想像を超えてくるから。

障がい者や難病人が健常者と同じだって、”全”健常者にはきっと理解できない。

どうしても身体的弱者である彼らを特別扱いして、憐れんでしまう。

だから、きっと、差別撤廃はバーチャルなものでしかありえない。

 

 

でもこれはあくまで現実世界(リアル)でのお話です。

ネット上なら違う。

ネットという、「文字のみ」で意思疎通でき、視覚的なショックのない世界なら、健常者が身体的弱者を奇異の眼で見ることはありません。

だから私は、差別のないユートピアがあるとすればそれはネット上にあると考えています。

 

ネットというバーチャルな世界のみに。

 

身体に刻まれた記憶

受験生時代、「五感を使って勉強するんだ!」と予備校の講師に何度も言われました。

しかしその当時は、視覚と触覚、聴覚の3つしか使っていませんでした。

私には味覚と嗅覚を使って勉強することはできなかったのです。

 

でも、日常生活の中なら、確かに五感を駆使して我々人間は記憶を保存している。

 

中学生の頃、部活の試合前日に聴いていた曲を聴けば自然とあの頃の情熱を思い出せる。昔好きだった人がよく聴いていた曲を聴けば、その人を否応なしに思い出してしまう。

 

とある路地裏で形容しがたい特有の匂いを嗅げば、その匂いを嗅いだことのある別の場所を思い出せる。かつて近くに居た人の匂いに似た匂いを嗅げば、その人が脳裏をよぎる。

 

特に、触覚に残された記憶はとても切なくて痛い。
触れられた感覚が、触れた感覚があの人の記憶を呼び起こし、身を切り裂く。

 

 

そんな風に、あらゆる感覚に記憶が保存される。

手が、耳が、目が、口が、鼻が、記憶を保存している。

 

身体に痛いほど刻まれた記憶は消えることはない。

 

 

 

後悔して、それから・・・

現在、PS4で「ライフイズストレンジ」というゲームをプレイしています。

このゲームの一番の魅力は主人公の女の子がタイムリープをして過去を変えていくことにあると思われます。

私たちプレイヤーは彼女の能力を駆使して、どの道が最善なのか選択しながら物語を進めていきます。

しかしこの「過去を改変する能力」を使用するときは本当につらいです。

以前、「Steins;Gate」という作品をプレイしたときもそうだったのですが(Steins;Gateタイムリープを主軸にした作品)、過去を改変するときはどうしても改変する前の世界の未来が気になってしまいます。

あと、バタフライエフェクトという言葉がある通り、その時は良かれと思って起こした行動でも後になって「やらなきゃよかった」なんてこともあります。

 

現実でもそうです。

「あのときこうしていればよかったのかな」、「この選択をしていれば今は違ったのかな」なんて考えることは少なくはない回数であることです。

 

でも現実はゲームと違って、過去の選択を取り消したりすることはできません。

また、どっちの選択が良かったのか分からないのも現実です。

エヴェレットの「多世界解釈」に則れば、この世界はただ一本の線ではなく、無数の線の束であると言えます。

しかしそのうち、現実で生きている私が観測することのできる世界は一続きの、ただ一本の世界です。

だから、過去を振り返って後悔するだけではどうにもならない。

 

後悔して、それから得られたものを今を生きる糧にしない限りは・・・。

 

P.S.

PS4ソフトである「ライフイズストレンジ」は現在(9月1日まで)、PlayStationPlus会員であれば無料でプレイすることが可能です。

ですので、もしもまだプレイしていないのなら、この機会にプレイすることをお勧めします。

久しぶりにストーリーの良い作品に出会えました。

また、「Steins;Gate」(略称シュタゲ)も私に強い影響を与えた作品の中の一つです。

どちらも時空を超えて生きていく中での主人公の葛藤を描いた素晴らしい作品となっています。

それでは。

夜の魔力

夜は物静かですし、臆面なくお酒を飲もうという気持ちになれて好きです。

でも夜になるとあれこれ思案して、不安になったりしてしまいます。

とにかく夜、それも21時過ぎとか、深夜にほど近くなった時間帯に思いめぐらすことが多い気がします。

はっきりとした原因は分からないけど、

人や車の通りが少なくなって静かな中で作業できるとか、

独りでいることが多いからとか、

気障なことを言えばお天道様が見えないからとか(笑)

色んな要因が絡まっているんじゃないかな。

 

だから、忙しい昼間には考えられないことを夜には想起してしまう。

そして一日の疲れやお酒の力で、そんな考えてしまったことをツイッターとかで吐露してしまう。

 

でも、そうやって吐露することで気持ちが楽になります。

誰かが反応してくれなくても、考えを言葉に変え、発信することでリラックスできているのだと思います。

ただ朝になると身悶えするようなことまで呟いていて赤面しますが(笑)

 

今日もまた、そんな夜の素敵な魔力に魅せられてこの記事を綴りました。